デコトラの田附勝、東北の限界集落に自らを「しまう」


Interview and text by Tomo Kosuga
初出掲載:VICE.com日本版 2013年9月

つい先月にも前代未聞の暗黒写真展を開催した写真家、田附勝がまたもやぶっ飛んだことをしたようだ。なんと、秋田県の中央に位置する上小阿仁村(かみこあにむら)の、さらに山奥にある八木沢集落を舞台に、写真展『みえないところに私をしまう』を開催中とのこと。

この写真展、東京から足を運ぶだけで軽く半日はかかる。誰がそんなところまで?という疑問は誰もがまず頭に浮かべることだが、そもそも八木沢集落は「マタギ集落」としても知られる土地なのだ。マタギとは、東北地方や北海道で古い方法を用いて狩猟を行なう人々である。これまで写真集『東北』や『その血はまだ赤いのか』、そしてタブロイド紙『5』にわたって、マタギと向き合って田附なだけあって、この村の訪問には運命的なものを感じ取ったようだ。

今回、秋田から東京に戻ってきたばかりの田附から届いた展示の光景とともに、田附から聞いた本展にまつわる「物語」を紹介したい。

「これは『KAMIKOANIプロジェクト秋田』の一環で……」田附が話を聞かせてくれた。「今年で2年目のプロジェクト。俺は今回、初めて参加した。もちろん村おこしの意味も含まれるんだけど、八木沢集落は今や限界集落。もう20人弱のお年寄りしか住んでないし、若い人が戻ってきて定住しない限り、村として変われる部分はそれほどない。だから俺は、この村が幸であれ不幸であれ、この現状をそのまま見せたいと思った」

田附は8月5日に現地入りした。「最初は上小阿仁村の旅館を提案されたんだけど、そこから八木沢までは車で30分近くかかる。それじゃ遠すぎるし、俺の今までのやり方って『デコトラ』でも『東北』でも〝見てみたい環境にとにかく自分の身を置く〟ってことだったじゃん? だから八木沢に泊まりたかった。それで村の公民館に泊まらせてもらって。毎朝おばあちゃんたちに挨拶して、時には一緒にご飯食べたりもしてたよ」

これまで『デコトラ』や『東北』といったように端的なタイトルが多く見られた田附だが、今回のタイトルは『みえないところに私をしまう』と、なにやら意味深だ。そのワケを訊くと、ひとつのストーリーを語ってくれた。

「展示の様子を見てもらえば分かると思うけど、村に寝泊まりした1週間で色んな人を写した。当たり前だけど、年寄りが多いんだよ。そんな彼らにとって、写真を撮られるのは稀なこと。それこそ昔だったら、写真屋さんに来てもらって撮ってもらうほど貴重なことだった」

「写真を撮らせてくれた人たちにはポラをあげたんだけど、受け取ったおばあちゃんの1人が箱を持ってきてさ。なにが入ってるのかと思ったら、出てきたのは写真アルバム。そうやって写真を大事に保管してるんだよね。それを見て、普段は日の目を見ない人生が〝しまわれてる〟んだなって。それで俺も今回、自分が八木沢を訪れて見たこと感じたことを〝しまおう〟と思ってさ。それでこういうタイトルなワケ」

展示場となったトタン小屋に入ると、中央に座した巨大な老人の顔クローズアップに思わず仰天するが、実は細部にわたって作り込まれていることが分かる。自然豊かな環境だけあって、木々や草花が目立つものの、中でも木々は写真のフレームを超えて繋がり合っていて、なにか超越した生命力が感じられる。これにはなにか意図があるのだろうか?

「八木沢集落にはほとんど人が残ってないんだけど、その反面、木がすごくてね。杉の木。人の住居に近すぎるってくらい、杉が家の周りに生い茂ってるんだよ。だから村の人に訊いてみたら、この辺りでは昔から木を植える習慣があったみたいでさ」

「秋田と言えば秋田杉が有名じゃん? 昔でこそ、木が大きく育てば、伐採して生計の一部にしていたんだろうね。でも今じゃ、それもほったらかし。人が減って、木が増えた。それが、この村の今なんだよね。その木を見てると、それ自体が人間のようにも見えてくるんだよね。木が人間化してるっていうかさ」

「写真を見てもらえば分かると思うんだけど、そういった木に、さらに今度はツルが巻きついてる。人間が持ち込んだ杉の木に、もともと住んでいた自然が対決しているようにも見えてさ。いろいろ思ったよね」

展示会場……というか展示場となった小屋は中が三畳ほどで、1人でも入ればいっぱいになる空間。その小屋を成しているのはトタン板だ。ずいぶん古びてガタガタの状態だが、田附にとってはかえってそれが良かったようだ。「この小屋はトタンで出来てるんだけど、トタンも人間と同じように朽ちていくんだよね。それって、この村にも通じるところがあるんじゃないかなって」

「この展示はこれから1ヵ月近くあるんだけど、誰かが見張ってるワケじゃないし、小屋も隙間だらけ。雨が降れば中の写真も濡れちゃうと思うんだよ。でも、もしかしたらこの場合はそれでいいんじゃないか?と思ったんだ。村も人も、トタンも写真も、みな朽ちていくものなんだってさ。それも含めて写真っていうかさ。そういう展示になればいいのかなって、今回は思ったんだよね」

デコトラ、東北、マタギ、縄文土器と、一貫して日本を写真に投影してきた田附勝。そんな彼が限界集落の村をキャンバスにした結果、生命の栄枯盛衰や悠久の自然、自然と人間、万能に見えて限りある人間の力、そんな状況においてもなお生き伸びようとする人々の生き様が『みえないところに私をしまう』という写真群に刻まれた。

なにかが「朽ちていく」感じにはもちろん経年劣化も含まれるが、時を経なければ出ない「味」というものもある。「侘び寂び」とはよく言ったものだが、日本ならではの美意識に則るなら、田附が本展で見せてくれるのは1つの村の歴史の断片であり、そこには光と闇の両面がある。そのどちらかに寄ることなく両面を露呈させたのが本展なのかもしれない。

思えば「デコトラ」にしても、時代と共にブームは去り、トラッカーたちは苦しい現実と向き合うことになるが、それでも「男」として惚れ込んだ愛車を維持するためにあらゆるものを犠牲にしながら、決して苦労は口にせず、愛車との人生を歩む。一見、新品に見えるデコトラも、パーツレベルでは廃車になったデコトラからの寄せ集めだったりもする。

『東北』にしても、期せずして田附は東北大震災の前後を写真で記録することになった。田附自身、自分が追いかけてきた東北の意味合いがまるで変わってしまったことに震災直後こそは戸惑いを感じていたが、その年にマタギの鹿猟再開を追った『その血はまだ赤いのか』、そして今回の秋田県の限界集落と、継続して現地を追いかけるなかから、なにかその写真に一環して通じるものがカタチになり始めている。

最後に忘れてはいけないのが、これは日本人にこそ見いだせる「日本らしさ」であり、そして目の前の現実を写し出す写真という媒体だからこそ、成し得る業だということ。

「日本」を追い求める写真家、田附 勝。その全貌を解き明かすにはまだまだ時間はかかるだろうが、この男なら一生かけて、その生き様を写真に刻み、そして我々に見せてくれるに違いない。

 

KAMIKOANIプロジェクト秋田2013】
「KAMIKOANIプロジェクト秋田」は、上小阿仁村の最奥地にある8世帯19人の小さな集落「八木沢集落」を主たる舞台として、そこに古くから伝わる伝統芸能、マタギなどの狩猟文化、祭事、食文化、生活文化など、地域固有の資源を最大限に活用しながら、現代芸術の新しい表現と結び、美しい山々が織り成す里山全体を文化芸術空間として創造していくプロジェクト。

http://kamikoani.com/

東北 (田附勝写真集)
東北 (田附勝写真集) 田附 勝 赤坂 憲雄リトル・モア 2011-07-22
売り上げランキング : 276104Amazonで詳しく見る
DECOTORA
DECOTORA 田附 勝リトル・モア 2007-08-06
売り上げランキング : 356224Amazonで詳しく見る
KURAGARI
KURAGARI 田附 勝SUPER BOOKS 2013-03-20
売り上げランキング : 694336Amazonで詳しく見る

田附勝公式サイト
http://tatsukimasaru.com/