フランスはパリ西部の森に生息する妖しくも艶やかな貴婦人たち


Interview and text by Tomo Kosuga
[初出掲載:VICE.com日本版 2014年3月]

ここは新緑の森。生い茂る草木をかき分けて進むと、木々の先に女が見える。 服装の一部が下着姿という、まるで森に似合わない格好だ。遠くからでも見てとれる、不自然なほど盛り上がったボディは木漏れ日に照らされ、いっそう艶やかに映る。なぜ、こんなところに——? そんな疑問も打ち消すかのように、女が赤い唇を開く。

「ねえお兄さん、楽しいことしてかない?」

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

〝森で女に誘惑される〟。かるく現実離れしたこのシチュエーション、ともすると小説にこそ相応しい響きだ。男性諸君は好奇心をくすぐられる反面、現実にあるものとはつゆほどにも信じないだろう。しかしこれが世界のと或る場所で、実際に起きていることだとしたら……?

今回紹介するのは、フランスはパリ西部に広がるブローニュの森に夜な夜な出没する、妖しくも艶やかな貴婦人たちの物語である。

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

「ブローニュの森では、夕方から夜にかけて娼婦が出没するんです」

そう語るのは写真家の中田柾志氏だ。2005年と2009年の2回に分けてブローニュの森を訪問。そこに息づく独自文化の実態を記録した。

「森は神聖なイメージだけれど、娼婦は〝欲望〟の象徴。森に娼婦がいるというだけで、面白いなと思って。それで、森が一番見栄えする新緑の時期に訪れてみた」

ブローニュの森があるフランスでは、売春が原則的に合法とされている。或る者は学費のため、或る者は生活のため。おのおの理由があって、男を誘惑する。

もっとも、客を捕まえるには街中が一番。なにより安全だし、客も見つかりやすい。では、わざわざ夜の森を選ぶ者たちがいるのは何故なのか——。 そこには特別なワケがある。

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

「そこの娼婦たちは、大半が元男性なんです」

そう中田氏が証言する通り、ブローニュの森はかつて「男娼のメッカ」と称されるほど著名な売春地帯だった。取り締まりが強まった今でも、枯れ葉をベッドに、木々を背の支えに、性行為に勤しむ男たちの姿は絶えない。

森での交渉はたいてい、4,000〜5,000円程度で成立するという。

「お客は労働者が多いみたいです。森の中で済ませる者もいれば、車で女の子をピックアップしていく者もいる。なかには急ごしらえの小屋を建てている人もいましたよ」

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

最初の1人を見つけたときのことについて、中田氏に訊いた。

「遠くから見ても、あれは男だろうなと思いましたね。ちょっと異質なものというか。ゴツくて、男の性欲が沸くような感じではなかった。でもブローニュの森はとても広い。どこに出没するかなんて見当がつかない。それだけに、見つけた感動もひとしおでした。本当に存在したんだ!って」

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より。目をこらすと腰にツノが生えていることに気づく

もはや珍獣のような輝きを放つ貴婦人たちだが、その舞台であるブローニュの森も負けていない。「ブローニュの森」と聞いて、人によっては思い浮かべる出来事があるはずだ。そう、佐川一政が起こした「パリ人肉事件」である。

時は1981年。フランス留学中の日本人学生、佐川一政がオランダ人女性留学生を殺害。屍姦後その肉を食べ、一部を保管していた事件だ。この事件が発覚した場所こそ、ブローニュの森だった。遺体が収まったスーツを池に棄てようとしたところ、目撃され逃亡したあげく、佐川は逮捕されたのである。

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

時代を震撼させた悲劇から30年余り。今なおブローニュの森において〝生臭い〟賑わいが衰えることはない。その実態をわざわざ記録しようと訪れる者は珍しいようで、それなりの歴史を持つブローニュの森の貴婦人たちをベッヒャーに倣った類型学的作品にまとめたのも、中田氏が初めての様子。 どうやらこのブローニュの森とやらには、日本人を惹きつけて止まない魅力が秘められているようだ。

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

様々な歴史も相まって、なにやら危険な香りが立ちこめるブローニュの森。その撮影たるや、相当な緊張感で押し進められたのでは?と思いきや、中田氏の答えは真逆だった。

「撮影自体は淡々としてました。彼……いや、彼女らを見つけたら声をかけ、撮らせて欲しいと頼む。意外に陽気な人が多いせいか、みんな乗り気でしたよ。それから一応、交渉の段階でサングラスをかけるかどうか訊くようにして」

そんな森の貴婦人のなかにはどうやらホンモノの女性も混じっているらしい。しかし顔にかけたサングラスが性別のボーダーラインを絶妙に覆い隠してしまうのも手伝って、なかなか判別がつかない。この人は女性ですよね?と訊いても、中田氏に「男だと思いますけどね〜」と否定されること数回。

「元男性はどうも〝出したがる〟人が多いようで。何枚か撮ると、自らオッパイをポロリし始める人もいましたよ」

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

中田氏が並々ならぬ情熱で写した『ブローニュの森の貴婦人たち』。これも見る人によっては、奇抜さの行きすぎた作品に思えるかもしれない。実際、中田氏が手がけた他作品を挙げてみても、ドイツのエロスセンターやタイの女子大生、インターネット上で「モデルします」と告知する女性を写した写真シリーズなどなど、いわゆる性をテーマにした作品が目立つ。しかしかつては、15年にわたって「環境破壊」をテーマに追いかけるシリアスな写真家だったというから驚きだ。一体なにがあって、こうまで変貌を遂げたのか?

「たとえばアラル海という、世界で4番目に大きな湖があって。旧ソ連時代の無謀な農業制作が原因となって、その面積はどんどん小さくなっている。それからツバルという国。これは世界で4番目に小さい国なんですけど、地球温暖化で海水が上昇している」

「このふたつは、真逆の理由で将来なくなってしまうのでは?と言われている。それらを一緒に見せたりだとか。そういう環境系のマジメな写真を撮っていたんです」 しかしお告げは突如として下されるもの。「ツバルから帰国して、ふと思った。なんで自分はこんな写真を撮っているんだろうと。それで無性に、真逆のことをやりたくなったんです」。

自問自答の末、中田氏が導き出した答えが……「環境の真逆といったら、エロだった」

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より

中田氏が最後に〝森の貴婦人〟を写したのは2009年。それからの5年でも変化はある。今年フランスでは売春行為を撲滅する動きが活発化。昨年末に下院で可決された法案は、買春者(客)に最低1,500ユーロ(約20万8千円)の罰金を科すという内容だった。 パリの珍獣ならぬ、森の貴婦人たち。

「世界広しといえど、森娼がいるのはここくらいなんじゃないかと思いますね」

そう中田氏がクギを刺すように、陽気な彼女たちは他でなかなか見られない貴重な存在だ。その生態に至っては、世の流れ次第では今後見られなくなってもおかしくはない。本作の歴史的価値は計り知れないものがある、とは果たして言い過ぎだろうか。

中田柾志『ブローニュの森の貴婦人たち』より、地面に捨てられた大量の使用済み避妊具

Bookmark the permalink.