めくるめく血みどろのスナッフ・ワールド


Interview and text by Tomo Kosuga

portrait_hideshi_hinoその昔〝スナッフビデオ〟と言えば、都市伝説の最たる例のひとつだった。いわゆる、娯楽目的で流通する殺人ビデオってヤツだ。誰もその実物を観たことはなかったものの、その存在だけはまことしやかに囁かれた。とりわけ憲法第9条という巨大な南京錠によって外部の悪魔どもから守られたこの日本において、その平和さゆえに鈍った本能を取り戻すべく、日本人がスナッフの存在に魅了されるのもムリはない。しかしそうした期待とは裏腹に、スナッフビデオが世に出回ることは1度もなかった。

時代は遡ること、1985年の或る日。ホラー漫画家、日野日出志のもとに1本のビデオが届いた。そして、それこそ1人の男が女の子をコマ切れに切断していくという内容の、まさしく一部の現実主義者によって待ち焦がれていた残虐スナッフビデオだった! それを再現VTRとして、日野自ら監督となって撮影したのが『ギニーピッグ2 血肉の華』(以下『ギニーピッグ2』)だ。今回、ホラー漫画の巨匠でもある日野のもとを訪れ、その素晴らしい漫画作品のことではなく、この『ギニーピッグ2』と本当にスナップビデオは存在したのかなどについて、しつこく質問攻めをしてきた。

——初めまして。日野さんは『ギニーピッグ2』の監督である前に漫画家として有名ですね。漫画と映像、このふたつがどう日野さんに関連してきたのか、そのきっかけを聞かせて下さい。

日野日出志:高校1年までは映画監督になりたいと思っていたんです。だから授業中に先生の目を盗みながら、芥川龍之介の小説『地獄変』や、自分の好きな映画の絵コンテを描いていましたね。ただ、当時は高かった8mmカメラを買うことはどうしても出来なくて。それでフラストレーションが溜まっていたんでしょう。

それで或る朝、友人が紙の束をドカッと僕の机の上に置いた。それがマンガだったんです。「なにコレ?」と訊くと、「キミはこういうのが好きそうだから」と言うんですね。それは彼が自分で描いたものだったんですが、それなりに描き慣れていて絵もウマかった。それを読んでいくうち、 そういえば自分も子どもの頃によく描いてたっけと思い返して。映画とはちがい、マンガならすぐに作品が出来上がるでしょう? そんなワケで 、マンガを描いてみるかとなったのがきっかけでした。

——たしかに映画でいう絵コンテはマンガそのものですね。

そうですそうです。映画に比べたら、手っ取り早く作れるしね。紙と鉛筆、それからインクとペンさえあれば出来ちゃう。マンガも奥が深いですから、すっかり虜になっちゃって。それがきっかけで、大学にも行かないことにしたんです。

——では、再び映画に回帰することになったきっかけは?

まず『ギニーピッグ2』の前には当然のことながら『ギニーピッグ1』があって、それは別の人が撮ったんですね。その製作陣に私のファンがいたみたいで。それでプロデューサーが私のところに来た。私はマンガ家だからストーリー物を撮ってみたいと思いましたが、彼らはこう言うんです。「予算もないから、撮影場所も1ヵ所に絞って長回しで撮って欲しい」と。そうした制限下でどんなものを撮れるか考えたんですが、当時の日本ではスナッフが都市伝説として騒がれていましたから、それをテーマにしてみようと。ただ、そのままストレートに描いたのではツマらない。そこで、ひとつの設定を設けたんです。 〝或る日、アタマのオカしいファンが私に8ミリを送りつけてきた。その内容がスナッフだった。それをそのまま公表することは出来ないので、私が再現映像を作る。それがこのビデオだ〟 とね。とにかくテーマや主人公の心情などを抜いてしまうことにしたんです。これが初監督作品だったし、周りも若い連中ばかり。そんな状況でストーリー性の強い作品を撮るとなると、必然的に安っぽくなってしまう。だから逆にそういった要素を一切省くことにしたんです。

——えーっ!! じゃあやっぱりスナッフビデオは存在しなかったんだ……(メチャクチャ残念でこの先の話を聞く余力もなくなっちゃったけど、がんばって続けよう)。先生のマンガではストーリー性が重要な要素なのに対し、『ギニーピッグ2』はストーリーのない〝映像〟。だいぶ思い切りましたね。

この作品に関しては、物語性やテーマ性を抜くことに意味があったんです。でも逆に、当時はそれが問題になってしまったようで。ホンモノのスナッフに近くなりすぎてしまった。当時、ジャーナリストの木村太郎がテレビのニュースで、映画評論家の水野晴郎に「こういうビデオは世の中に必要でしょうか?」と訊いていました。すると水野晴郎は「まったく必要ないですね〜、ハリウッドのホラー映画には必ずテーマがありますから」とかなんとか言っていましたよ。そんなの分かっとるわ! 冗談じゃない、ハリウッドのホラーにオレのホラーは負けないわ! それが狙いなのに。 ガキみたいなこと言ってやがんな、と思いましたよ。

——このビデオがレンタルビデオ屋に置かれているのを見たことがありますけど、たしか既に発禁物なんですよね?

まだありましたか! 『ギニーピッグ2』は本来、全て回収されているハズなんですよ。当時、日本全国の教育委員会があれを観てマズいと思ったらしく、全部回収されてしまったんです。私にしてみたら、そんなのは 〝してやったり〟 ですけどね。そういう風に、日本でならまだしも、欧米でも話題になるとは思ってなかった。アメリカではDVDも出ているし、欧米のホラー業界でこの作品を知らない人はいないみたいで。スペインのサンセバスチャンで毎年開催されている《ホラー映画祭》にも一昨年ゲストとして招かれ、『ギニーピッグ2』の上映会をしたんですよ。

ビデオ『ギニーピッグ2 血肉の華』より

ビデオ『ギニーピッグ2 血肉の華』より

——主人公の殺人鬼がカブトを被っているのを見て、むしろ海外を意識して作ったのかなと思ってました。

そういった意図は全くありませんでした。というのも、殺人鬼役の役者に動きのテストをさせてみたところ、どうも存在感がないんですね。それでどうにか特徴をつけようと思い、カブトを被せてみたんですよ。そして魚屋さんのゴム製エプロンを着せ、口には口紅を、頬には白粉(おしろい)を塗った。ただそれだけですね。

——海外のWikipediaには、主人公は日野日出志本人、と書かれてました。

私は出てませんね。何年か前にアメリカでマンガを14冊ほど出版したんです。それが出たら、世界から取材が殺到したんですよ。カナダ、イギリス、フランス、イタリア、ブラジル、メキシコ……。そしてインタビューの時に必ず『ギニーピッグ2』について訊かれる。欧米じゃ、チャーリー・シーンがこのビデオを観てホンモノのスナッフだと思い込んでFBIに通報した、なんてウワサが一時期話題になったみたいで。それで、私のマンガが海外で出るまでは「Hideshi Hinoは何者なんだ」とウワサされていたみたいですね。そういった経緯もあって、そんな誤解が生まれたのかもしれません。

——チャーリー・シーンの通報について、もう少し聞かせて下さい。

海外からの取材でもまず最初にその話題が出るから、逆にこちらから訊いたんですよ。「チャーリー・シーンがタレ込みしたらしいけど、ホントにFBIは動いたの?」って。そしたら「動いた」と言うんですよ。だから「FBIの連中と会わせてくれ、オレはハリウッドの映画が好きだから」って言いました(笑)。あっちもジョークと受け取って笑ってましたけど。

——当時、この作品を巡って裁判に巻き込まれたりは?

裁判までは行きませんでしたが、色々と大変でした。まず当時、宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件が起きたんです。それをニュースで知った視聴者が、犯人は『ギニーピッグ2』を観てマネしたんじゃないかと思ったらしく、この事件の管轄だった深川警察に知らせたらしいんですね。それで深川警察から連絡が入り、「犯罪者の心理について話を聞きたい」と。私は了解し、プロデューサーと2人で数日後に伺う予定だったんですが、その前に犯人の宮崎勤が捕まった。そして彼の部屋から実際にギニーピッグシリーズのビデオが見つかった。でも見つかったのは『ギニーピッグ4』で、私とはまったく関係のないビデオだったんですが、運が悪いことに深川警察は犯人逮捕の直前に『ギニーピッグ2』を観ていた。ましてやギニーピッグがシリーズ物だなんて彼らは知る由もないから、ギニーピッグが見つかったと聞いて、彼らはてっきり『ギニーピッグ2』だと思い込んでしまったんでしょう。それで深川警察は報道陣に誤った発表をし、その日の夕方にその誤報が一斉に流れてしまったんです。

——それはあり得ないですね。

私も納得がいかないので、事件が落ち着いた頃に深川警察へ行ったんです。「ホントに『ギニーピッグ2』があったのかなかったのかハッキリしてくれ」と。そしたら当時の刑事がこう言ったんですよ「なんでそんなこと今更気にするんだ、あれだけ話題になって儲かったんだろ?」とね。冗談じゃないですよ。私は雇われ監督だから、いくら売れようが関係ない。そのうえ、「個人的にはアダルトの方がよっぽど教育的だ」とまで言われましたね。他にも、私は最初からこれを作り物と公言して製作していたのに、木村太郎はニュースでこの作品の一部を流した。こっちは年齢制限を設けたうえで世に出しているわけですから、当然テレビでの放映なんて想定していませんよね? それをテレビで流すなんて。常識を疑いますよ。おかしいですよね、事件の直後だというのに。それこそ非常識ですよ。

——その事件はマンガの仕事にも影響しました?

しました。予定していた単行本が3、4冊あったんですけど、発行差し止めになっちゃいましたね。それからギニーピッグシリーズで他にもストーリー性の強い『マンホールの中の人魚』という作品を当時撮ったんですが、その劇場用の映画版を作る話も持ち上がっていたんですよ。撮影の準備も始めていた段階だった。私にとって初の映画だし、とても意欲があったのに、ちょうど撮影に入る直前にあの事件が起きて。それで製作会社にマスコミが駆け込んでしまったから、これはもうダメだということで映画の話もなくなってしまった。

——『ギニーピッグ2』には〝この作品はフィクションです〟みたいな表記がなかったと思いますけど、今ならそういう表記がないと大騒ぎになるような内容ですよね。それこそ、ホントにスナッフが存在するんじゃないか?と思ってしまいそうです。

いや、実はフィクションって書いてあるんですよ。仕掛けがちゃんとあって。最後のテロップが流れ終わってから30秒黒みが続くんですが、その後に〝なにからなにまで全てフィクションです〟 という注意書きが出てくるんです。普通はそこまでまず観ないけど、それをすぐ入れたら面白くないんでね。そこも含めて作り物なんだから、そこは遊ぼうよと思って。

——それは気づきませんでした! それから男は画面に向かっていちいち話しますよね、「次はココを切る」みたいに。日野さんのマンガでも、キャラが読者に向かって「オマエも死ぬ!」とか言うじゃないですか。だから男がしゃべる毎に「オマエも死ぬ!」と言われているような気がして。画面を越えた恐怖を感じました。

セリフなしでただ流すだけでは、単なる客観的な映像で終わってしまう。しかし男に説明をさせることで、観る側と繋がりができる。要するに、もう1人共犯がいる、という設定なんです。それこそ観ている人は、現場を映しているカメラマンなんですよ。そういった感覚で、閲覧者と擬似対話している感じになるかなと。

——こういった映像を見て思い出すのは、テロ組織による殺人映像です。彼らもまた画面に向かって話しかけ、そしてカメラの前で人を殺す。それこそ、その映像を観る人全てを共犯者に仕立て上げるかのような撮り方をしています。だけどそうした映像がネットを介して世の中に流れるようになったのは極最近のこと。『ギニーピッグ2』は、そういった映像の使い方を予見するような映像作品でもあったと思いますが。

当時そんなビデオはありませんでしたからね。だから初めは、オレのビデオを観たんじゃないかと思ってドキッとしましたよ。でも現実とフィクションは別次元の話ですから。どんな理由があるにせよ、彼らがしていることは許せることではありません。政治に関しては言っても仕方ないのであまり言いたくはありませんが、正直アメリカが悪いと思いますよ。あそこまで彼らを追い詰めたのは。東洋まで巻き込んで欲しくないですよね。

——『ギニーピッグ2』では最後に、女の子の目をえぐるシーンをクローズアップで撮ってますね。あれはもしかしてルイス・ブニュエルとダリによる映画『アンダルシアの犬』の影響ですか?

それは観てませんね。あれは役者がテンション上がってやったことで。あそこまでは私も演出してないんですよ。でも本人は役に入っちゃっていたから、ストップをかけずに観ていたんです。やるぞやるぞやるぞやるぞ!ってね。

——それから撮影後に現場近くでベッドを捨てたのが原因で大変なことになったと聞きましたが。

そうそう、スタッフが撮影後にベッドを荒川に捨てちゃったんですよ。そしたらタイミング悪いことに、丁度その頃荒川でバラバラ事件があって。死体の部位が発見されたりしていたんですね。そこにベッドを捨てちゃったモンだから、エライ騒ぎになったみたいで。川口警察署から呼び出し食らいました。

——……ずっと気になってたんですけど、ここ(日野さんのアトリエ)にはリクガメがいますね。

6、7年くらい前になりますね。私は生き物が好きだから、ストレス解消も兼ねて近所の熱帯魚屋まで時々見学へ行っていたんですね。その時初めて見たんですよ、リクガメを。こんな生き物がいるんだ!と思って。或る1匹は見つけた時、もう死にかかってて。エサは食わないわ、目は開かないわ。ウロコは剥がれているし。そのままじゃ死んじゃうから、自分なりになにか出来るんじゃないかと思って、連れてきました。そして温浴させて、水を飲ませて。その後レタスを口元まで持って行ったら、これが食べたんですね。リクガメフードもまぶしてあげたら食べて。コレで大丈夫だ!と。それから段々と元気になっていきました。それを亀オタクの仲間に話したら喜んじゃって。「じゃああげます」と言われてもらってきたのばかりですよ。最初は小さかったのに段々みんなデカくなってきたから、私の仕事机の上にケージを自作して。仕事の机が取られちゃいました(笑)。