白雪の青年が試みる、血と大地との言葉なき対話。


まるで白雪をかぶったかのように白く染まった、無垢の表紙。ひとたび開けばページの余白すらほっこりとして愛らしい。控えめだが、ずしりと響く装丁は積雪のよう。写真集『吹雪の日/凪の海』は1984年生まれの若き写真家、山下隆博さんが綴る、と或る2人の芸術家の目を通して見た、故郷・北海道とそこに暮らす家族たち、そして原発にまつわる作品だ。山下さんの言葉にヒントを得ながら、写真家が故郷から導かんとする物語を紐解いてみよう。

高校卒業までの18年間を北海道後志地方の岩内町で過ごした山下さん。「右を見れば羊蹄山をはじめとした山々が連なり、左を見れば日本海が広がっている。そんな風光明媚な場所」を故郷に持った。そして「私が生まれた1984年に隣の泊村では原子力発電施設の着工が始まった」という。これは現在において北海道唯一の原発である。

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2014_16ld© Takahiro Yamashita

高校を卒業と同時に上京、写真専門学校に入学。そこで出会った報道写真家、樋口健二が山下さんに大きな影響を与えた。「(樋口さんの)授業の中でしばしば出てくる原発労働者を取材していた時の彼の語る体験談は、どこか劇的過ぎて私の中に入ってこなかった」山下さんだが、「原発に対する彼の断固とした態度は私の中にとてつもない違和感として残ったのだろう。その数年後から私は社会的な視点をもって故郷の撮影を始めた」と冷静に振り返る。

ここで本作のテーマについて考えてみよう。山下さんの話から浮かび上がる物語のテーマは「原発問題」だ。それは山下さんが「二人の目を通して私は故郷を見ている。それは原発問題を考える時に重要な事なのではないかと考えている」と最後を締め括っていることからも汲み取れる。しかし実際に写真が語りかけてくることは、もうすこし複雑のようだ。

全体を通して印象的で記憶に残るのは「人々」であり「暮らしの断片」である。そこからさらに視点を引いた写真もあるが、まだ人々の生活圏内であり、人工物が混じる。この段階でようやく本書における原発の存在に気づく。「泊発電所」(とまりはつでんしょ)を、定点観測によって異なる時間に同じ構図と位置をとらえた4枚だ(そのうちの1枚が上で一番最初に紹介した風景写真である)。しかし一目でそれだと分かるような撮り方ではなく、よく目をこらして小さく見受けられる程度。さらに引いた写真になると、もはや誰もいない、白い雪に染まった海や山だ。

つまり山下さんが本作を通じて伝えたいことは、たやすく言えば「原発問題」だが、その眼差しはあくまで「原発の周囲」に向けられている。それは大自然のなかに生活を根ざす人々の変わらない日常ではあるが、しかし彼らの感情や表情、視線から文明的な色は見てとれない。

まるで大自然の木々や山のように穏やかというか、そう、自らを大地の一部として受け入れるような、あるいは大地と共に生きる覚悟とまでは言わないまでも、故郷で生まれ死んでいく生き物の目をしている。あたかも「ホモサピエンス動物園」に囲われた霊長類「ニッポンジン」の一実態を見せられるかのようだ。それというのも、上京で一度は部外者となり、改めて冷静に故郷と原発のありようを考えるようになった山下さんの視線が素直にあらわれた結果かもしれない。

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07© Takahiro Yamashita

冒頭でも触れた通り、山下さんが綴る物語にはもう一人、重要なキーパーソンが隠れている。それは北海道洋画壇を代表する作家の一人であり、ほかでもない山下さんの故郷にあたる岩内町にかつて暮らした「木田金治郎」なる画家だ。

「故郷に根ざし、漁師として生計を立てながらも懸命に自然の美しさと厳しさ、そしてそこに生きる人達の息づかいを丹念に描き、自身の画業を積み重ねてきた」木田金治郎に山下さんが初めて出会ったのは高校生のころ。美術の課外授業で、開館したばかりの木田金次郎美術館を訪れた。

そのときは「何だか夢を見ている様な不思議な感覚に陥った」ものの、それを「感じる」ほどには至らず、実際にきちんと正面から受け止めたのは、故郷の地を社会的な視点から撮り始めた4年後のこと。 久しぶりに訪れた美術館で、思いがけず1枚の絵の前で立ち止まる。

それは夕日の絵だったという。「どうしてなのかは未だに言葉で説明する事は難しいが、有り体に言ってしまえば『感動してしまった』という事なのだろう」 と語る。「感動した」ではなく「感動してしまった」と表すあたり、それはもしかすると未知なるものとの予期せぬ遭遇(アクシデント)であったのかもしれない。言葉では表しにくいものと遭遇し、それによって、山下さんのなかでそれまで凪の海のようにピタッと静止していたなにかが震え出し、覚醒したようだ。

画家、木田金治郎はある時期から「随分と変わり、自然の厳しさを感じさせる様な力強いタッチへと変わっていった」という。そのきっかけとして「多分、市街の8割りを消失させた1954年の岩内大火が大きな切っ掛けとなっているのだろう」と山下さんは推測する。

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2014_21lu© Takahiro Yamashita

「この経験で私の仕事はきっと変わる。今までは習作だった。焼けたものを記憶してくれる人もいるだろう。これからが本当の仕事だ」

木田金治郎

命をも脅かす予期せぬ災難と遭遇し、そこでの気づきが木田金治郎を第二の人生へと突き動かした。この意思表明とも言える作家の声明は半世紀の時を越え、現代に生きる山下さんの心になにかを残したようだ。それは東北大震災を経験してこその出会いだったのかもしれない。

「直接太陽を描くものが登場している様に、やはり故郷の夕日はどうしようもなく感動的なものなのだろうし、私自身も積丹半島(しゃこたんはんとう)から望む夕日は一番美しいとも思っている。あの光はまぎれもなく私の故郷なのだと根拠もなく思えてしまう」と山下さんは、心に触れた思いを素直に描写する。

樋口健二と木田金治郎の2人から問いかけのバトンを引き継いだ山下さんが、故郷を意識して撮り始めたのは2007年から。原発を抱える北海道の大自然、そしてそこに暮らす人々の有りよう。景色の大半は白くとんだ雪や冬空といった冬景色によって描かれる。

やはり山下さんの視線の先にあるものは原発のようで、そうではなかった。それは自然であり北海道であり岩内町であって、はたまた家族であり、そこに暮らす人々であり町であり、あるいは木田金治郎であって、積丹半島から望む夕日でありその光。そして樋口健二の導く原子力発電所がある「故郷」なのだ。これらが渾然一体となって重なり合い、ひとつの景色を作りだしている。

山下さんが素直な気持ちで「いつか起こってしまっても仕方がないと思っていた事が、私の故郷でなくて良かったと心の底から思ってしまった事を否定はできない」と語るほど、あの惨事が日本人の心に傷を残したことは間違いない事実だ。

それでも私たちの生活は続き、そこに天候の変化こそあれど、いつも陽は差す。冷たく凍える一日であったとしても、太陽は暖かく、自然はうつくしい。どんなことになろうとも人々は故郷に生きたいと願う。この写真家の写真はとても丁寧で、落ち着いていて、なにより、冷たさのなかに暖かさが感じられる。

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0021-2© Takahiro Yamashita

私が生まれたこの町を、丁寧に撮らなければいけない。そう画家の木田金次郎に教えられた

山下隆博 公式ホームページより

木田金治郎の決意表明を手がかりに、それをこの時代に置き換えて自らが示すべき道標を、大地の光と鼓動を合わせながら描こうと試みる。

吹雪と凪、自然と私たち、冷たさと暖かさ。まるで雪解けの瞬間のように、相矛盾するものたちの拮抗が刹那の時に刻まれ、いよいよ写真らしくなる。それは先人の芸術家が灯した生命の炎、そして北海道の大自然に凍てつくブリザードによる拮抗かもしれない。

壮大なものたちを理解するには、あまりにも私たちはちっぽけだ。そのことを忘れ、いよいよ科学が神の領域に近づこうとすればするほど、かつて手にしていたものはこの手からこぼれ落ちていくようにも感じられる。そこにきて、白雪のような1人の青年が挑んでいることはなにか、私たちが万物を理論と科学で把握しようとする側面とは異なった、自らの血と大地との言葉なき対話のようである。

きっとこの対話はこの写真家が生き続ける限り継続され、物語は大地を張る根のように無数に広がっていくことだろう。その先でいつかきっと青年自身が見出していくであろう、故郷の光。それが一体どんな色、どんな味で、どんな囁きなのか——。この若き写真家が写真の先に見つめるものを今後も追いかけたい。■

執筆:2014年11月25-26日/8時間/129リビジョン/3,441字

 

写真集『吹雪の日/凪の海』はリブロアルテより発売しています。ぜひ一度、お手にとって御覧ください。

リブロアルテ『吹雪の日/凪の海』販売ページ
http://www.libroarte.jp/takahiro_yamashita.html

また本作品は作家ホームページにて写真集未収録のものと合わせて公開されています。2007年時から2014年までの軌跡が一年ごとに公開されており、写真集と合わせて御覧いただくとより作家の意図に触れられます。

山下隆博ホームページ
http://takahiro-yamashita.co.uk/

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