原発20キロ圏内に生きる男


お手製の牧場で牛たちの世話をする。やはりここに来ると落ち着くのか、その表情も幾分リラックスしていた

松村さんのトラックに乗り込み、彼の愛する動物たちが待ち構える牧場へと向かう。「家の周りは線量が低いけど、こっち来っと高くなる」。その言葉通り、ここでガイガーカウンターが示す数値はおおよそ毎時7マイクロ・シーベルトという高い値だ。これを年に換算すると、61.32ミリ・シーベルト。安全基準に掲げられているのが年間1ミリ・シーベルトで、蓄積数が100ミリ・シーベルトを越えると人体に影響が現れるとされている。

松村さんはここを牧場と呼ぶが、震災前に広がっていたのは田園風景だった。放射能汚染の収束が見えないなか、人の手が加わらなくなった田畑は雑草で荒れ放題に。そこで松村さんが考えたのは、田を囲むように鉄パイプを立て並べ、なんとか牧場と呼べるまでに仕上げることだった。「どうせこんなところで米作っても、誰も買わない。それなら草生えねえ方がいいから、牛放してくれって(土地の持ち主から言われて)。それで、みんな放したんだ」。牧場では、生き残った数十匹の牛たちがやせ細りながらも緩やかな日常を過ごしている。このほとんどが、本来ならとうに殺されていた牛たちだ。

牛舎にて。餓死して骨となった牛たちを眺める